何故平田奈津美さんの両親は2日も捜索願を出さなかったのか。近所の評判は良くなかった…

大阪府高槻市で遺体で見つかった寝屋川市の中学1年生平田奈津美さん。

遺体が見つかったのは8月13日の夜でしたが、平田奈津美さんの捜索願が家族から出されたのは14日の夜になってからでした。

12日から行方がわからなくなっていた平田奈津美さん。

何故、家族は中学1年生の娘がいなくなったにも関わらず、2日も経ってから捜索願を出したのでしょうか。

平田奈津美さんの家族構成

平田奈津美さんは、4人姉妹の末っ子でした。借家の自宅には2つ上の姉と両親と暮らしていました。

近所から「仲のいい家族」とは思われていなかったようで、別の意味で一家は目立つ存在だったといいます。

深夜まで働く母親と、無職の父親

平田奈津美さんの両親は、母親が朝から深夜まで働いて家計を支える一方、父親は家にいることが多かったといいます。

また、平田奈津美さん一家を知る人は、インタビューに対しこのような発言をしています。

「お子さんたちが小学生のころは、子供が学校で怒られたり、友人とけんかしたりすると、お母さんがすぐ学校に抗議の電話をするので、先生たちも困っていました。」

「その評判は地域に広まっていたし、自分自身も怒られ続けていた奈津美さんは、年頃の女の子としてもお母さんに対してあまりいい感情を持っておらず、家にいたがらないようでした。」

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家にいたがらない平田奈津美さん

12日から行方がわからなくなっていたにも関わらず、捜索願が14日の夜に出された理由。

平田奈津美さんは日常的に、夜は家にいないことが多く、テントを持ち出していたということです。

そのため、家族も泊まりで外出したと思い込んでいたせいで捜索願を出すのが遅れたと言われています。

いくら夏休みといっても、まだ中学1年生。両親は、心配ではなかったのでしょうか。

近所からの評判は良くなかった

「平田さんのお母さんは、しょっちゅう子供たちを大声で怒鳴り散らしていて、家を飛び出した奈津美さんがさらに『行くんなら早く行きなさい!』と鬼のように怒鳴られて近所の路上で泣いていたこともあります。」

「育て方としては教育の『き』の字もなく、とにかく怒るという感じでした。」

「あそこの家庭は子供たちをどこかへ連れて行ってやるというようなこともなかったので、自宅の敷地内に奈津美さんがテントを広げた時は、腹いせにやったのかなとも思いました。」

近隣住民の証言によると、母親は朝から深夜まで働いているため、イライラしがち・子供に対して手が回っていない状態だったようです。

また家にいたという父親も、平田奈津美さんをはじめ、自身の子供に対して興味を持たなかったようです。

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自身でテントを購入、繰り返す家出

平田奈津美さんの同級生によると、家を嫌う平田奈津美さんや友人たちは以前から、互いの家に泊まり合うことが多かったそうです。

夏以降、平田奈津美さんは友人と金を出し合い、簡易テントを購入。

平田奈津美さんの自宅玄関前にテントを張って一夜を明かすこともあったといいます。

そのテントは平田奈津美さんが失踪時に所持していました。

また平田奈津美さんは、テントを張ったりして朝まで友人と外で過ごすことを『野宿』と呼んでいたそうです。

まとめ

自宅に対して居心地の良さを感じることが出来なかった平田奈津美さん。

事件当日にも友人には「泊まりに行かせて」というLINEが送られていました。

一部報道では「何故家に帰らないのか」「非行少女だったのでは」という意見もありましたが、背景にはこういった家族構成が関係していたのかも知れません。

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