【北九州監禁・緒方一家監禁殺人事件】報道規制で隠れた凶悪事件の真相

指名手配された松永太と緒方純子は、北九州市内に逃亡します。

そして、痛ましい事件が起きてしまいました。

北九州監禁事件

ここから、報道規制によって隠れてしまった凶悪事件の真相について記載していきます。

監禁の始まり

逃亡していた松永太と緒方純子は、1993年に長男が産まれると、松永太が土地勘のある北九州市内の小倉に3人で移ります。

松永太の知人である不動産会社勤務の虎谷久美雄さん(当時34歳)を通じて、複数のマンションを確保して潜伏。

当時虎谷久美雄さんは、内妻と娘のA子さんと3人で暮らしていましたが、松永太に競馬の予想屋ビジネスを持ちかけられて内妻と別れることになります。

まだ幼かったA子さんは虎谷久美雄さんが引き取ることになりましたが、言葉巧みに「A子さんは自分が養育する」と持ちかけられ、松永太に引き取られることになります。

虎谷久美雄さんは社宅から、松永太が確保したマンションに通うようになりました。

その後、松永太は表面上の人当たりの良さから、虎谷久美雄さんを信用させていきます。

そして、過去に少額ではありますが、虎谷久美雄さんが会社の金を着服したことを聞き、これをきっかけに執拗に責め立てるように。

「会社の金を横領した」「娘のA子さんを性的虐待した」などと、事実とは異なる事実関係証明書を書かせます。

松永太は虎谷久美雄さんへ暴力を振るうようになり、虎谷久美雄さんは会社へ出社出来なくなり退職します。

退職して社宅を出た虎谷久美雄さんは、松永太のマンションに移り住み、更に激しい暴力を受けるようになります。

また、虎谷久美雄さんは知人などから金を借り、松永太の金の工面をしていました。

あまりにも残虐な暴力

虎谷久美雄さんへの虐待は松永太だけでなく、緒方純子も加担しており、松永太が不在の間も、緒方純子は虐待の手を緩めることはありませんでした。

松永太からの抜き打ちのチェックで、手加減が見つかれば緒方純子が制裁を受けるからです。

虐待の内容は主に「通電」であったとされています。

虎谷久美雄さんは裸の状態で乳首や性器、顔面などにワニ口クリップを挟まれ、蹲踞(そんきょ)の姿勢で電気を流されていたと言います。

蹲踞の姿勢とは、以下の画像の姿勢のことを言います。

相撲や剣道で、立ち合い前に行う姿勢です。

裸でこの姿勢のまま電気を流されるのですが、姿勢を崩してしまうと罰としてもう1度通電されるという、悪魔のような虐待が続けられました。

流された電流は、スタンガンと同等の効果があるといいます。

それを乳首や性器に直接当てられて、倒れないというのは不可能ですが、松永太は、通電されてもがく様を見て、酒を飲みながら大笑いしていたといいます。

他に行われていた虐待は以下のようなものが挙げられます。

  • 蹲踞の姿勢のまま長時間過ごさせる
  • 真冬にシャツ1枚で過ごさせる
  • 寝床は玄関で、スノコで囲った檻の中で体育座りのまま寝かせる
  • 浴室の湯船の中で立ったまま寝かせる
  • 食事は1日1~2回
  • 基本的には茶碗飯と生卵のみ
  • 食事は蹲踞の姿勢のまま食べさせる
  • 食事は10分以内に食べ終わらないと通電
  • 季節を問わずお湯のシャワーは禁止
  • トイレの使用は制限されている
  • 小便はペットボトルにさせる
  • 大便は1日1回のみ(時間制限あり)で、漏らすとそれを食べさせる

また、虎谷久美雄さんが死亡する少し前には、A子さん(当時小学5年生)に虎谷久美雄さんを噛むように命じ、歯型がつくほど噛ませたあとに写真を撮りました。

虎谷久美雄さん死亡(第1の殺人)

虐待を繰り返された虎谷久美雄さんは、次第に衰弱していきました。

しかし、虎谷久美雄さんは死亡する数日前にも虐待を受けながら、2人目を妊娠していた緒方純子に対し「元気な赤ちゃんを産んで下さいね」と声をかけたと言います。

最後まで緒方純子の体を気遣い続けたという虎谷久美雄さんは、1996年2月に死亡。

そして松永太は、その罪を虎谷久美雄さんの娘のA子さんになすりつけました。

「お前が父親につけた歯型のせいで、お父さんを病院に連れて行くことができなかった」「もし病院に連れて行ったら、歯型からお前が殺したことがすぐにバレて、警察に捕まってたんだぞ」とA子さんを脅しました。

そして、A子さんに「私は殺意を持って実父を殺してしまったことを証明します」という事実証明書を書かせました。

この証明書によって、A子さんは松永太の言いなりになってしまいます。

その後松永太は、A子さんと緒方純子に、虎谷久美雄さんの死体処理をするよう命じました。

まずはノコギリ等を使って遺体を解体、内蔵などはミキサーでドロドロの液状にして、公衆トイレや川などに流させます。

肉や骨などは、鍋で煮込んで液状化し、海などに投棄。

松永太は、遺体処理前にA子さんと緒方純子を得意の話術で巧みに誘導して、あくまでも2人で考えて、2人で実行したこととしています。

つまり遺体処理に関して、「2人で決めてやったこと、俺は警察に届けようと思っていた」などと言って、虎谷久美雄さんの遺体遺棄を2人の責任としていました。

この直後に緒方純子は陣痛が起き、大分県の病院に駆け込み次男を出産しています。

母子不審死事件

少し時系列がずれますが、松永太は虎谷久美雄さんによって北九州のマンションを居場所とした後で、同窓生だった女性と接触しています。

この女性は結婚していましたが、松永太から結婚を持ちかけられたことで離婚。

その後、松永太は結婚を餌に金を要求し、女性は別れた夫や親から様々な理由で金を借り、計1880万円の金を貢いでいました。

やがて元夫や親からの送金が途絶えるようになり、1994年3月31日に女性(当時32歳)は大分県の別府湾に飛び込み自殺しました。

その5ヶ月前の1993年10月29日に女性の次女(当時1歳)は頭部強打という形で急性硬膜下血腫で死亡しています。

その際に、指名手配中の緒方純子が当時存命中だった次女の母親を騙って搬送された病院に付き添った際には「椅子から転がり落ちて頭を打った」と説明しています。

2002年に松永太・緒方純子が逮捕されて以降、この事件についても関与が疑われましたが、刑事事件にはなりませんでした。

女性監禁事件

虎谷久美雄さんが死亡した後、新たな資金源が必要になった松永太は、生前の虎谷久美雄さんを介して知り合っていた女性(当時36歳)に目をつけました。

松永太は言葉巧みに女性に近づいて結婚の約束をし、女性を離婚させました。

女性の離婚後、女性に金を貢がせていた松永太は女性にアパートを借りさせて一緒に住むようになります。

この女性には3人の子供がいましたが、長男の親権は元夫に、長女は受験勉強の塾通いのため女性の実家に、当時3歳だった次女だけを連れて、松永太・緒方純子と共に同居を始めました。

その後、松永太によって女性は職場を退職。

1996年12月30日から1997年3月16日にかけて、松永太と緒方純子は女性を北九州市のアパートの2階の四畳半に閉じ込めて連日虐待を続けました。

女性の次女を人質にして暴力による支配を行っていましたが、3月16日の未明に女性は隙を見て2階の部屋の窓から路上へ飛び降り脱出しました。

女性が逃げ出したことに気付いた松永太と緒方純子は、アパートを引き払い、女性の次女を女性の元夫の玄関前に置き去りにして姿をくらませました。

女性はその後、精神科に長期入院することとなり、2002年に事件が発覚した頃にはPTSDを患い生活保護を受けて生活していたことがわかっています。

ページ: 1 2 3 4

 この記事へのコメント

  1. 匿名 より:

    こんな悪魔の様なのが本当に居たんだ
    青鬼(小説版)の卓郎が大人になった感じ
    A子さんや松本太の子供、とっさに逃げて難を逃れた
    (殺人をしたりされたりする事を)元妻が見た状態で公開処刑して欲しい

    コンクリート事件や川崎中1殺害事件よりも腹が立った

  2. より:

    この主犯者は死刑確定していますが、15年経った現在も未だのうのうと生きています。
    にしてもこういったTVで報道できないレベルの事件ってどうやって世間に広まっているんですかね…いずれは忘れられ都市伝説と化してしまうんでしょうね。

  3. トビー より:

    早く死刑執行してください。こんな鬼畜が生きていると思うだけで胸糞が悪い。

 COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

NO IMAGE

女子高生コンクリート詰め殺人事件の全貌。全員が出所済み、2人は再犯…