【北九州監禁・緒方一家監禁殺人事件】報道規制で隠れた凶悪事件の真相

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通常、死刑は殺人を犯した犯罪者に下される判決であり、日本の刑の中では最も重い罪とされています。

そんな中、1人も殺さず、死刑判決を受けた死刑囚をご存知でしょうか。

2002年に発覚したこの事件は、自らは殺人を犯さずにマインドコントロールにより身内同士で殺人を行わせ、7人もの死者を出した凶悪事件です。

犯人の名前は松永太(まつながふとし)

言葉巧みに人を操る様は「人の皮を被った悪魔」とも言われますが、この事件の詳細はほとんど報道されることはありませんでした。

あまりの残虐性から、報道規制が敷かれたとも、報道機関が自粛したとも言われています。

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松永太という人物

slproImg_201610240938470.jpg松永太は1961年生まれ。表の顔は人当たりが良く、好青年。

弁が立ち、中学時代には1年生にして上級生を抑え校内弁論大会で優勝したという才能の持ち主。

その雄弁さは教師をも言い負かせる程で、学生時代から片鱗を見せていました。

裏の顔は正に鬼畜そのもので、金銭欲が強く、冷酷かつ残虐な性格。

他人への支配欲が強く、支配した人間は奴隷以下の扱いにしても心が痛まないとされています。

また、そのために心理学を独学で学び、肩書きの高い相手でも自在にコントロールすることが可能でした。

1審、2審共に死刑判決となり刑が確定しています(控訴しましたが、最高裁は棄却)。

もう1人の加害者、緒方純子

slproImg_201610240953160.jpgそしてこの事件には、もう1人の加害者が存在します。

それがこの女性、緒方純子(おがたじゅんこ)です。

緒方純子は松永太によってマインドコントロールされ、殺人を犯した実行犯です。

マインドコントロールにより犯した殺人だということが理由で、当初死刑だった判決が2審で無期懲役となり、刑が確定しています(控訴しましたが、最高裁は棄却)。

松永太とは高校時代の同級生ですが、当時は言葉を交わしたことすらありませんでした。

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北九州監禁事件まで

松永太が起こした事件は、北九州監禁事件だけではありません。長期に渡り、様々な場所で事件を起こしてきました。

また、北九州監禁事件の加害者である緒方純子も、別の事件では松永太による被害者です。

まずは、北九州監禁事件が起きるまでの松永太と緒方純子の行動を時系列に沿って記載します。

松永太と緒方純子の交際

slproImg_201610241008150.jpg松永太と緒方純子は当初同じ高校に通っていましたが、松永太は風紀委員を務めていたにも関わらず不純異性交遊が発覚し、男子校に転校しています。

1980年(当時松永太は19歳)に、転校前の高校の卒業アルバムを入手した松永太は、緒方純子に電話をかけます。

高校時代2人に接点はなかったものの、松永太が人気があったということもあり、緒方純子は会うことを決めます。

2度目に会った時に、緒方純子は松永太から「結婚を考えている相手がいる」と言われますが、恋愛感情を持っていなかった緒方純子は淡々と話を聞くだけでした。

この時、松永太は緒方純子の心を揺さぶるために、この話を打ち明けたとされています。

その帰りに松永太は車の中で強引にキスを迫りましたが、緒方純子はこれを拒絶。

そして松永太が20歳の時に、2人はまた会うことになります。

3度目に会ったその時に、男性交遊に慣れていない緒方純子を松永太は無理矢理ホテルに誘い、肉体関係を結び交際開始。

しかし、この時既に松永太は結婚していて子供も生まれていて、緒方純子とは不倫関係にありました。

緒方純子への暴力

10488708_1506137622951345_2096324140-830x460-624x346この交際時から松永太によるマインドコントロールは始まり、緒方純子は暴力を受けていたことが明らかになっています。

緒方純子の右胸には煙草による火傷の痕があり、太ももには安全ピンと墨汁によって「太」という刺繍が入れられていました。

また、松永太の指示で予め用意された読み上げる形で緒方純子自身の知人男性を罵倒し、関係を絶ち切りました。

このようなことが続き、緒方純子は松永太にマインドコントロールされ、凶悪犯罪に加担していくこととなります。

緒方純子の両親

img_4b3d7860f8af224fb515255b5d96d0ec920781984年に緒方純子が自身の叔母に、妻帯者である松永太との交際を打ち明けたことがきっかけで、2人の交際が緒方純子の両親の耳に入り、別れるように求められます。

しかし、その後松永太が緒方純子の両親に会った時に礼儀正しく振る舞ったことで、好青年な印象を与えます。

更に松永太は「妻と別れて婿養子に入る」という旨の事実確認書を作成。

これにより緒方純子の父である緒方誉さんは、松永太をすっかり気に入ってしまいます。

緒方純子の母である緒方静美さんは、松永太に対して完全に信用を置いておらず、その後も別れを要求。

そこで松永太は「人目のつかないところで話がしたい」と静美さんを郊外のラブホテルに連れ込み、半ばレイプのような形で肉体関係を結びます。

この関係をきっかけに、静美さんも松永太に心を許すようになりました。

この後にも出てきますが、緒方家は世間体をきにする一家だったために、娘の婚約者と関係を持ったことで静美さんは松永太の言いなりとなるしかなくなってしまったのです。

また、静美さんと松永太の肉体関係は、1992年まで続きました。

緒方純子の自殺未遂

image0021985年2月、松永太から暴力を受けていた緒方純子は勤務先の幼稚園で心労と睡眠不足による過労で倒れてしまいます。

そしてその数日後の2月13日に実家で自殺未遂を起こしました。

この際に緒方純子の両親は救急車のサイレンを鳴らさないように求めるなど、世間体を気にしていました。

そのまま緒方純子は入院しますが、松永太は2月15日に退院させて、実家に戻さずに自分のアパートに連れて帰ります。

「自殺されたら原因を探られ、自分も警察に呼ばれて迷惑だ」と言い、緒方純子に対して更に酷く暴力を振るいます。

また、松永太は自殺未遂だけでなく、不倫関係が妻に発覚したら損害賠償を請求されると脅し、緒方純子の裸の写真をカメラで撮影。

さらに緒方純子に幼稚園教諭を辞めさせて自分の会社で働かせる一方で、実家との関係を絶つために分籍させました。

松永太の離婚

rikon松永太は19歳の時に結婚していて、1983年(松永太20歳)には、長男も誕生。

妻も松永太から暴力を受けており、逃げ出すことも考えましたが、長男を連れて逃げるのは難しいと躊躇していました。

松永太は結婚当初から不倫を繰り返し、最初は「辞めてほしい」と頼んでいた妻でしたが、次第に感覚はマヒしていき辛いと感じなくなっていきました。

妻と緒方純子は小学生時代に一緒に遊んだりするような関係で、知らぬ相手ではありませんでした。

松永太が経営する事務所で緒方純子が寝泊りをするようになり、妻は緒方純子が愛人であることを知ります。

そして妻と緒方純子は共に松永太から度々暴行を受けるように。

松永太に暴行をされた時に、妻は大声で喚きましたが緒方純子は声をあげずに耐えていて、妻は緒方純子が暴行に声を上げずに耐えるのを不思議に思いました。

また、妻と子の前で松永太が緒方純子を暴行した時に、マヨネーズを台所の床に落として舐めることを命じ、妻は「子供の前では止めて!」と叫びました。

しかし、緒方純子は抵抗する素振りを見せずに床に落ちたマヨネーズを舐め続けたといいます。

同じように暴行を受けても、緒方純子は妻よりも松永太に従属的でした。

その後のある日、松永太が暴行して入院した緒方純子を不審に思った担当医が警察に通報し、警察が松永太の事務所に訪ね任意同行を求められます。

妻は松永太の逮捕を確信し「殺人事件とかになる前で本当によかった」と松永太からの暴力解放を喜びましたが、たった数時間で松永太は逮捕されずに戻ってきてしまいました。

松永太の義父(妻の父)は松永太の性格を疑って結婚後も信用しなかったので、松永太は義父の前では粗暴な対応を見せませんでした。

しかし、義父の死亡後に松永太が実家でも平然と暴力を振るったことがきっかけとなり、妻は長男を連れて警察署に駆け込んでDVの被害申請をします。

その後、紹介された相談所で仮住まいを始めました。

松永太は妻と子供の居所を突き止めようとしましたが、市役所が住民票を移さないまま長男の転校等を特別に許可するなどの対応をとったために難を逃れ、その2ヶ月後に離婚が成立。

1992年のことでした。

事件発覚後に元妻は「もしあの時逃げなければ、私が緒方純子のように家族を殺していたかもしれない」という言葉を残しています。

詐欺・脅迫事件で指名手配

06松永太は高校卒業後に、父親から受け継いだ布団販売店を経営していましたが、その実態は詐欺商法そのものでした。

粗悪品の布団を高く売りつけるため「ヤクザ」という言葉を挙げ客を脅したりして、無理矢理布団を買わせるということを繰り返しました。

松永太が離婚したことで緒方純子は内妻となり、共に商売をしていましたが、昔から緒方純子のことを知る人は「まるで別人のように性格が変わった」と話します。

松永太は詐欺商法で約1億8000万円を荒稼ぎしていましたが、それは警察の知るところとなります。

そして1992年7月に詐欺罪と脅迫罪で松永太と緒方純子は指名手配され、会社は9000万円の債務を踏み倒す形で倒産。

松永太と緒方純子は、最後まで残っていた男性社員1人と共に逃亡しました。

その後、男性社員は金の工面をしていましたが、松永太の虐待に耐え切れず逃げ出しました。

この男性社員に対する虐待は刑事事件になっていません。

また、詐欺事件と脅迫事件の指名手配は1999年7月に時効が成立しています。

北九州監禁事件

指名手配された松永太と緒方純子は、北九州市内に逃亡します。

そして、痛ましい事件が起きてしまいました。

ここから、報道規制によって隠れてしまった凶悪事件の真相について記載していきます。

監禁の始まり

o950521l_002_1逃亡していた松永太と緒方純子は、1993年に長男が産まれると、松永太が土地勘のある北九州市内の小倉に3人で移ります。

松永太の知人である不動産会社勤務の虎谷久美雄さん(当時34歳)を通じて、複数のマンションを確保して潜伏。

当時虎谷久美雄さんは、内妻と娘のA子さんと3人で暮らしていましたが、松永太に競馬の予想屋ビジネスを持ちかけられて内妻と別れることになります。

まだ幼かったA子さんは虎谷久美雄さんが引き取ることになりましたが、言葉巧みに「A子さんは自分が養育する」と持ちかけられ、松永太に引き取られることになります。

虎谷久美雄さんは社宅から、松永太が確保したマンションに通うようになりました。

その後、松永太は表面上の人当たりの良さから、虎谷久美雄さんを信用させていきます。

そして、過去に少額ではありますが、虎谷久美雄さんが会社の金を着服したことを聞き、これをきっかけに執拗に責め立てるように。

「会社の金を横領した」「娘のA子さんを性的虐待した」などと、事実とは異なる事実関係証明書を書かせます。

松永太は虎谷久美雄さんへ暴力を振るうようになり、虎谷久美雄さんは会社へ出社出来なくなり退職します。

退職して社宅を出た虎谷久美雄さんは、松永太のマンションに移り住み、更に激しい暴力を受けるようになります。

また、虎谷久美雄さんは知人などから金を借り、松永太の金の工面をしていました。

あまりにも残虐な暴力

img61277493虎谷久美雄さんへの虐待は松永太だけでなく、緒方純子も加担しており、松永太が不在の間も、緒方純子は虐待の手を緩めることはありませんでした。

松永太からの抜き打ちのチェックで、手加減が見つかれば緒方純子が制裁を受けるからです。

虐待の内容は主に「通電」であったとされています。

虎谷久美雄さんは裸の状態で乳首や性器、顔面などにワニ口クリップを挟まれ、蹲踞(そんきょ)の姿勢で電気を流されていたと言います。

蹲踞の姿勢とは、以下の画像の姿勢のことを言います。

slproImg_201610241235520.png相撲や剣道で、立ち合い前に行う姿勢です。

裸でこの姿勢のまま電気を流されるのですが、姿勢を崩してしまうと罰としてもう1度通電されるという、悪魔のような虐待が続けられました。

流された電流は、スタンガンと同等の効果があるといいます。

それを乳首や性器に直接当てられて、倒れないというのは不可能ですが、松永太は、通電されてもがく様を見て、酒を飲みながら大笑いしていたといいます。

他に行われていた虐待は以下のようなものが挙げられます。

  • 蹲踞の姿勢のまま長時間過ごさせる
  • 真冬にシャツ1枚で過ごさせる
  • 寝床は玄関で、スノコで囲った檻の中で体育座りのまま寝かせる
  • 浴室の湯船の中で立ったまま寝かせる
  • 食事は1日1~2回
  • 基本的には茶碗飯と生卵のみ
  • 食事は蹲踞の姿勢のまま食べさせる
  • 食事は10分以内に食べ終わらないと通電
  • 季節を問わずお湯のシャワーは禁止
  • トイレの使用は制限されている
  • 小便はペットボトルにさせる
  • 大便は1日1回のみ(時間制限あり)で、漏らすとそれを食べさせる

また、虎谷久美雄さんが死亡する少し前には、A子さん(当時小学5年生)に虎谷久美雄さんを噛むように命じ、歯型がつくほど噛ませたあとに写真を撮りました。

虎谷久美雄さん死亡(第1の殺人)

maxresdefault虐待を繰り返された虎谷久美雄さんは、次第に衰弱していきました。

しかし、虎谷久美雄さんは死亡する数日前にも虐待を受けながら、2人目を妊娠していた緒方純子に対し「元気な赤ちゃんを産んで下さいね」と声をかけたと言います。

最後まで緒方純子の体を気遣い続けたという虎谷久美雄さんは、1996年2月に死亡。

そして松永太は、その罪を虎谷久美雄さんの娘のA子さんになすりつけました。

「お前が父親につけた歯型のせいで、お父さんを病院に連れて行くことができなかった」「もし病院に連れて行ったら、歯型からお前が殺したことがすぐにバレて、警察に捕まってたんだぞ」とA子さんを脅しました。

そして、A子さんに「私は殺意を持って実父を殺してしまったことを証明します」という事実証明書を書かせました。

この証明書によって、A子さんは松永太の言いなりになってしまいます。

その後松永太は、A子さんと緒方純子に、虎谷久美雄さんの死体処理をするよう命じました。

まずはノコギリ等を使って遺体を解体、内蔵などはミキサーでドロドロの液状にして、公衆トイレや川などに流させます。

肉や骨などは、鍋で煮込んで液状化し、海などに投棄。

松永太は、遺体処理前にA子さんと緒方純子を得意の話術で巧みに誘導して、あくまでも2人で考えて、2人で実行したこととしています。

つまり遺体処理に関して、「2人で決めてやったこと、俺は警察に届けようと思っていた」などと言って、虎谷久美雄さんの遺体遺棄を2人の責任としていました。

この直後に緒方純子は陣痛が起き、大分県の病院に駆け込み次男を出産しています。

母子不審死事件

少し時系列がずれますが、松永太は虎谷久美雄さんによって北九州のマンションを居場所とした後で、同窓生だった女性と接触しています。

この女性は結婚していましたが、松永太から結婚を持ちかけられたことで離婚。

その後、松永太は結婚を餌に金を要求し、女性は別れた夫や親から様々な理由で金を借り、計1880万円の金を貢いでいました。

やがて元夫や親からの送金が途絶えるようになり、1994年3月31日に女性(当時32歳)は大分県の別府湾に飛び込み自殺しました。

その5ヶ月前の1993年10月29日に女性の次女(当時1歳)は頭部強打という形で急性硬膜下血腫で死亡しています。

その際に、指名手配中の緒方純子が当時存命中だった次女の母親を騙って搬送された病院に付き添った際には「椅子から転がり落ちて頭を打った」と説明しています。

2002年に松永太・緒方純子が逮捕されて以降、この事件についても関与が疑われましたが、刑事事件にはなりませんでした。

女性監禁事件

kawamura-wa※画像はイメージで、実際の事件現場とは関係ありません

虎谷久美雄さんが死亡した後、新たな資金源が必要になった松永太は、生前の虎谷久美雄さんを介して知り合っていた女性(当時36歳)に目をつけました。

松永太は言葉巧みに女性に近づいて結婚の約束をし、女性を離婚させました。

女性の離婚後、女性に金を貢がせていた松永太は女性にアパートを借りさせて一緒に住むようになります。

この女性には3人の子供がいましたが、長男の親権は元夫に、長女は受験勉強の塾通いのため女性の実家に、当時3歳だった次女だけを連れて、松永太・緒方純子と共に同居を始めました。

その後、松永太によって女性は職場を退職。

1996年12月30日から1997年3月16日にかけて、松永太と緒方純子は女性を北九州市のアパートの2階の四畳半に閉じ込めて連日虐待を続けました。

女性の次女を人質にして暴力による支配を行っていましたが、3月16日の未明に女性は隙を見て2階の部屋の窓から路上へ飛び降り脱出しました。

女性が逃げ出したことに気付いた松永太と緒方純子は、アパートを引き払い、女性の次女を女性の元夫の玄関前に置き去りにして姿をくらませました。

女性はその後、精神科に長期入院することとなり、2002年に事件が発覚した頃にはPTSDを患い生活保護を受けて生活していたことがわかっています。

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緒方一家殺人事件

そして、松永太が起こした事件の中で最も残忍な事件といわれる「緒方一家殺人事件」が起きてしまいます。

北九州監禁事件の犠牲者である虎谷久美雄さんの時もそうですが、松永太が起こした事件には物証がありません。

全て跡形もなく消し去ってしまうからです。

したがって、記載している内容は全て生き残ったA子さん、緒方純子などの事件関係者の証言によって明らかになったものです。

緒方純子の逃走

女性が逃走したあと、なかなか新しい金主を見つけることが出来なかった松永太は、緒方純子に金の工面をするように命じました。

緒方純子は、母の静美や妹の理恵子に金を貸してもらえるように頼みますが、なかなかうまくいきませんでした。

そこで緒方純子は自ら働いて金を稼ぐことを決意します。

1997年4月に緒方純子は、長男の世話をA子さん(当時中学1年生)に任せ、次男を静美さんの実家に預け、大分県のスナックでホステスとして働き始めました。

しかしこれによって、緒方純子が松永太の元に帰らなくなります。

緒方純子が逃亡したと知った松永太は、緒方純子が虎谷久美雄さんを殺害したということを口実に、父の誉さん、母の静美さん、妹の理恵子さんを自分のマンションに呼び寄せました。

そして、「身内に殺人犯がいることをバラされたら世間体が悪くなる」と、一芝居打たせます。

その内容は、「松永太が自殺した」と嘘を言って、緒方純子を呼び戻すというもの。

家族から連絡を受けた緒方純子が松永太のマンションに戻ると、松永太の遺影が飾られ、線香が焚かれていました。

緒方純子が松永太の遺書を読んでいると、押入れの中から松永太が出てきて、「残念だったな!」と言いながら緒方純子に飛び掛りました。

緒方純子はこの時の記憶がないと言っていることから、これはA子さんの証言であると思われます。

その後、緒方純子は松永太から一層の虐待を受けることなります。

2度目の逃亡

その後、松永太はA子さんに緒方純子の監視を命じます。

そして、逐一報告することを義務付けました。

この報告の内容次第では、緒方純子は通電などの虐待を受けることになり、虎谷久美雄さんと同じような扱いを受けていたことがわかります。

1997年5月、A子さんの監視下で外出した緒方純子は、あまりの辛さに自殺するために逃走を計ります。

しかし、A子さんによって阻止され、その後マンションに戻った緒方純子は更なる虐待を受けることとなりました。

これにより、緒方純子は気力を失い、完全に松永太に支配されるようになります。

緒方一家を支配下に

緒方家の人間は、娘の純子が殺人犯であるという負い目から、松永太の言いなりになっていきます。

また、松永太は1997年4月から、緒方純子の妹である理恵子さんとの肉体関係が始まったと供述しています。

これにより、このあとに理恵子さん夫婦の関係が悪化し、事件が露見するのが遅れたとも言われています。

この頃から、松永太は緒方家から数千万円もの金銭を貢がせていました。

最初に松永太のマンションに通っていたのは父の誉さん、母の静美さん、妹の理恵子さんの3人でしたが、その後理恵子さんの夫である主也(かずや)さんも加わることになります。

主也さんは緒方家に婿養子として入り、温厚でおとなしい性格だったといいます。

また、主也さんは元警察官という経歴の持ち主で、松永太は「主也は信用できない」と警戒していました。

そこで松永太は、主也さんを緒方家の大黒柱として持ち上げ、主也さんからの信頼を得ていきます。

そして連日酒を酌み交わし、緒方一家から聞き出した様々な秘密を聞かせていたといいます。

その内容は

  • 過去に理恵子さんが妊娠・中絶をしていたこと
  • 主也さんとの結婚後も職場で不倫していたこと

など。

更には、

  • 未だに土地を主也さん名義にしていないのは婿養子だからと下に見られている

などと連日吹き込み、主也さんの緒方一家に対する不信感を募らせていきました。

次第に主也さんは緒方一家に対する不満をぶつけ始め、松永太を良き理解者として気を許すようになります。

そして松永太が「緒方一家は殴られて当然の存在だ」と主也さんをそそのかし、誉さん、静美さん、理恵子さんの3人を殴らせます。

松永太に「もっと強くしないんですか?」と言われると、主也さんは3人を更に強く殴ったといいます。

そんな中でも、松永太は主也さんの些細な間違いなどを取り上げて主也さんを責める部分を緒方一家にも見せ、中立であるという立場を演じて双方からの信頼を得ることを怠りませんでした。

こうして緒方一家の関係を壊し、結託されることを防ぎながら自らが頂点に立った松永太は、巧みに聞き出した各々の秘密や弱みを利用して、執拗に責め立てて罪悪感を植えつけていきます。

さらにその内容を書面として残し、心理的に緒方家の人間を拘束し、支配力を高めていきました。

主也さんが「子供たちを残して北九州に来るのは心配で中々来られない」ともらすと、1997年の8月に小倉の夏祭りをきっかけに理恵子さんと主也さんの子供である、彩ちゃんと優貴くんを、マンションに連れてこさせます。

緒方一家への暴力

1997年8月になると、誉さん、理恵子さん、主也さんは、勤務先を頻繁に欠勤するようになりました。

保育園に通っていた優貴くんは8月末で退園、小学生だった彩ちゃんは転校先の小学校にほとんど通わなくなり、主也さんは9月19日を最後に出社しなくなりました。

この頃緒方家の親戚が、誉さんや静美さんの様子がおかしいことに気付き忠告をしますが、既に松永太にコントロールされていた緒方家の人間は聞く耳を持ちませんでした。

親戚たちは警察にも相談・情報提供を行いましたが、ついに緒方一家全員が完全に行方をくらませてしまいました。

緒方一家が完全に小倉の松永太のマンションに移り住むと、一家への虐待が始まりました。

  • 食事は1日2食でメニューはカップラーメン等のみ
  • 布団の使用は禁止でリビングで雑魚寝
  • トイレの使用は制限されている
  • 小便はペットボトルにさせる
  • トイレは誰かの監視の下、1日1回のみ大便のみ可

そして、通電も当然のように行われていました。

通電を受けるのは、松永太がランク付けした順位が最下位の者というルールが設けられ、その順位は常に変動しているものでした。

緒方一家は皆が通電を受けるのを避けるため、松永太からの評価を上げようと家族の秘密などを告げ口していました。

当然、身内を売り合うことで家族の絆なんてものは存在しなくなっていきました。

父、誉さん殺害

1997年12月、緒方一家の中で最初の被害者である誉さんが死亡。

原因は緒方純子が行った通電によるショック死でした。

裁判では殺人ではなく、傷害致死となっています。

かつて願いを聞いてくれなかった誉さんに優貴くんが「おじいちゃんなんか死んじゃえ」と言った事があったため、松永太はそのことを持ち出し「優貴が死を望んだから死んだんだ」と優貴くんに罪悪感を植えつけました。

また、松永太は一家に話し合いをさせて、誉さんの遺体を処理させるように誘導。

死体の解体中にクリスマスパーティーや、松永太・緒方純子の長男の誕生日の記念撮影が行われたといいます。

母、静美さん殺害

誉さんの死後、通電は静美さんに対して行われることが多くなりました。

通電が集中したこともあってか、静美さんは奇声を発するようになり、浴室に監禁されます。

1998年1月20日、松永太は静美さんの処遇について一家に話し合いをさせます。

緒方純子や理恵子さんが、殺人以外の方法を提案するも却下。

緒方純子が殺人を提案すると、「一家で決めたこと」と強調し、実行させます。

そして、理恵子さんが足を押さえ、主也さんがコードで首を絞めて、浴室で静美さんを殺害。

静美さんの遺体を処理させた後、松永太はマンションをもう一室用意して、一家を分散して住ませることにしました。

  • マンションA:松永太・緒方純子・長男・次男・理恵子・彩
  • マンションB:A子・主也・優貴

それぞれに子供を置き、逃亡を阻止する考えがあったと言われています。

妹、理恵子さん殺害

静美さんの死後、虐待のターゲットは理恵子さんになりました。

繰り返される通電、髪の毛を滅茶苦茶に切り落とされ、裸に乳首にガムテープを貼っただけの姿で生活させられるなど、非情な虐待が行われました。

毎日の通電が原因となり、理恵子さんは耳が遠くなります。

松永太が指示を出しても聞き取ることが困難になり、聞き返すことが増えていきました。

松永太は、「理恵子はおかしくなった」「静美みたいになったらどうする」と言い、理恵子さんを除いた一家に話し合いをさせます。

当然、殺害させるためです。

そして、主也さんは当時10歳だった彩ちゃんと共に殺害を決行。

浴室で彩ちゃんが母親である理恵子さんの足を押さえ、主也さんが首にコードをかけました。

首にコードをかけられた理恵子さんは「かずちゃん、私死ぬと?」と言い、「理恵子、すまんな。」と言いながら主也さんは理恵子さんを絞殺。

理恵子さんを殺害したあと、主也さんは「とうとう自分の嫁さんまで殺してしまった」と泣いたと言います。

理恵子さんの遺体は、これまでと同様にバラバラにされ、液状にして処理されました。

義弟、主也さん殺害

理恵子さんの死後、ターゲットになったのは主也さんでした。

性器への通電が多かったため、主也さんの性器は水ぶくれになっており、見るも無残なものだったといいます。

食事もろくに与えられなくなり、当然衰弱していった主也さんは下痢や嘔吐を繰り返すようになりました。

1998年4月13日、松永太は浴室に閉じ込めていた主也さんに眠気防止の栄養ドリンクと500mlの缶ビールを渡してその場を離れます。

主也さんはそれらを飲み干し、1時間後に死亡。

この際に死亡を確認したのは娘の彩ちゃんで、松永太・緒方純子に対して父の死亡報告をしています。

逮捕後に松永太は「死ぬと思ったから最後にビールを飲ませてやった」と供述。

裁判では「高度の飢餓状態に基づく胃腸管障害による腹膜炎であったと考えるのが妥当」とされています。

甥、優貴くん殺害

主也さんが死んだことによって、大人は松永太と緒方純子しかいなくなりました。

残っているのは、2人の子供である男の子2人と、A子さん、彩ちゃん、優貴くん。

実子である子供2人と、その面倒を見ていたA子さんは優遇されていましたが、彩ちゃんと優貴くんは悲惨な境遇に追い込まれることになります。

緒方純子が「彩と優貴は悪いことをしていない、主也の実家に帰らせてあげてほしい」と頼み込みますが、松永太はそれを却下。

逆に「子供に情けをかけて殺さなかったために、大きくなって復習されたという話もある」などと言い、緒方純子に殺害の決意をさせます。

そして、松永太は彩ちゃんを呼びつけて話しました。

「お父さんもお母さんもいない、これからどうする?」

そう問うと、彩ちゃんは「誰にも何も言わないし、弟にも喋らせない。だから帰らせて下さい」と答えたと言います。

しかし松永太は「彩も殺人をしているし、死体もバラバラにしている」「黙っていて済むことなのか?」と幼い彩ちゃんを追い込んでいきます。

そして「優貴が可哀相だから、お母さんのところへ行かせてあげる?」と言い、彩ちゃんに優貴くんの殺害を決意させます。

そして1998年5月17日、緒方純子・彩ちゃん・A子さんの3人で優貴くんを殺害。

当初緒方純子は自分1人で殺害することを提案しましたが、松永太に「3人でやれ」と命じられたといいます。

A子さんが足を押さえ、緒方純子と彩ちゃんが左右から電気コードを引っ張り絞殺。

A子さんが殺害に実質的に加わったのは、この時が初めてでした。

姪、彩ちゃん殺害

優貴くんの死後、松永太は彩ちゃんに通電を繰り返して衰弱させていきました。

まだ幼い彩ちゃんの性器にも通電は行われました。

そして、「あいつは口を割りそうだから処分しなきゃいけない」とA子さんに告げます。

緒方純子は優貴君殺害後に解体道具を多めに買うように言われていたことから、彩ちゃんの死体解体準備と認識していました。

1998年6月7日、浴室に閉じ込められていた彩ちゃんは、緒方純子とA子さんが来たのを見て、全てを察したかのように自ら台所に横たわったといいます(優貴くんが死亡したのと同じ場所)。

また、首を絞めやすいように自分で首を少し持ち上げたそうです。

こうして、緒方純子とA子さんは彩ちゃんを絞殺しました。

事件が発覚するまで

緒方純子を除く緒方一家全員が死亡した直後、松永太は緒方純子に対して「お前と子供たちがいるから俺は迷惑なんだ」と言い放ちます。

さらに「A子と2人なら、俺は虎谷久美雄に成りすましてちゃんと生きていける」などと言い、子供2人と共に心中するよう緒方純子に命じました。

しかし、子供2人は父親である松永太から、母親がいかに悪い人物かということを聞かされていたため、緒方純子は子供を殺害することが出来ず心中を実行できなかったといいます。

女性詐欺事件

そこで、松永太は新しい金主として夫との不仲に悩む主婦をターゲットに選びました。

松永太は女性の悩みを聞きだして、巧みな話術で女性に離婚を決意させます。

また「夫の狙いは子供だから、子供は私が預かって隠したほうがいい」と女性の子供2人(双子)を預かり、養育費という名目で金を要求しました。

女性が金を工面出来なくなると、松永太は風俗店を紹介し女性を働かせ、約2500万円を貢がせていました。

この事件は被害届が出されていないため、刑事事件になっていません。

女性の2人の子供と、松永太と緒方純子の子供2人は、A子さんや緒方純子が育てていましたが、小学生になった松永太の長男は電話で松永太に命じられ、A子さんに暴力を振るうこともあったといいます。

A子さんの逃亡

2002年1月30日にA子さんが北九州の祖母の家に逃亡します。

逃亡に成功したA子さんは、祖父母と一緒に暮らしながらアルバイト先を決めたり、国民健康保険に加入したりと徐々に生活の基盤を築いていきます。

しかし、A子さんは自らも緒方一家殺害に加担しているという罪悪感から、父親である虎谷久美雄さんが既に死んでいるということを話せずにいました。

しかし2月14日、松永太と交際していたA子さんの伯母(虎谷久美雄さんの姉)から、A子さんの居場所が松永太にバレてしまいます。

松永太は「A子が金を盗んだり、シンナーなどの非行を繰り返していて、虎谷に叱られる」などと嘘を話してA子さんの祖父母と伯母を信じ込ませ、強引に連れ戻します。

この時にA子さんは祖父母に「おじさんの話は全部嘘。迎えにきて」と走り書きのメモを渡していました。

その後A子さんは松永太と緒方純子から、首を絞められたり、通電されたり、自身の足の親指の爪をラジオペンチで剥がさせるなどの虐待を受けました。

事件発覚

2002年3月6日、A子さん(当時17歳)が松永太・緒方純子の目を盗み再び逃亡します。

そして祖父母の家に助けを求め、虐待を受けていることを告白し事件が発覚。

翌日3月7日、祖父母宅を訪れた松永太と緒方純子はその場で逮捕されることとなりました。

その数日後にA子さんが世話をしていた4人の子供も発見され、保護。

双子の子供は親元に戻され、松永太と緒方純子の実子2人(当時9歳と6歳)は児童福祉施設から小学校に通うようになりました。

この時、当時9歳だった長男は「あんまり面白いことがなかったから、0歳から人生をやり直したい」と感想を残しています。

当初、A子さんへの監禁・傷害での捜査でしたが、数日たってA子さんが「父親は松永太に殺された」と証言したことで、捜査は急展開を迎えます。

更にA子さんが緒方一家殺害についても話し始めたため、大量殺人として捜査されることとなりました。

難航する捜査

全ての遺体が溶かされ存在しない事件のため、捜査は難航。

しかし、黙秘を続けていた緒方純子が、2002年10月23日にマインドコントロールがとけはじめたことで自供を始めました。

被害者たちが作成させられた「事実確認書」などの書類や、解体に使われたミキサー等を購入した時の領収書など間接証拠が集められました。

そして、福岡県警と検察は「虎谷久美雄・緒方一家殺害」で起訴に持ち込みました。

公判では、松永太は起訴内容を否認しましたが、緒方純子は全面的に認めています。

緒方純子は逮捕後の拘置所生活について、「食事も出来るし、お風呂にも自由に入れるし、トイレにも自由に行かせてもらえるし、読書の時間さえある」と語り、松永太の支配の過酷さを物語りました。

裁判所も認める松永太のコントロール能力

通常、弁護士は被告人に接見して、裁判の進め方などを打ち合わせします。

しかし、裁判所は弁護士が松永太にコントロールされる恐れがあるとして、松永太に対しての弁護士の接見を禁止しました。

また、公判中にもその才能は発揮されました。

これだけの悲惨な事件の公判であるにも関わらず、証言台に立った松永太が証言をすると、傍聴席から笑いが出るというような奇妙な現象が起きるほどでした。

終わりに

報道規制が敷かれたために詳細を知る人が少ないこの事件ですが、類を見ないほどの残虐性から忘れてはならない事件の1つだと思います。

松本太についての欄で記載したように、すでに死刑は確定しています。

しかし、遺体のない殺人事件。

本人は手を下していない殺人事件。

この死刑を執行する法務大臣は現れるのでしょうか。

判明している詐欺事件の中にも、被害届が出されていない事件があります。

それほどに松本太は人をコントロールし、信用させることに長けていたということなのでしょうが…。

判明していない事件がどれほどあるのでしょうか。

そして、松本太と緒方純子の子供たちとA子さんは、何を思い、何を背負い生きているのでしょうか。

このような事件が2度と起きないことを願うばかりです。

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3 件のコメント

  • この主犯者は死刑確定していますが、15年経った現在も未だのうのうと生きています。
    にしてもこういったTVで報道できないレベルの事件ってどうやって世間に広まっているんですかね…いずれは忘れられ都市伝説と化してしまうんでしょうね。

  • こんな悪魔の様なのが本当に居たんだ
    青鬼(小説版)の卓郎が大人になった感じ
    A子さんや松本太の子供、とっさに逃げて難を逃れた
    (殺人をしたりされたりする事を)元妻が見た状態で公開処刑して欲しい

    コンクリート事件や川崎中1殺害事件よりも腹が立った

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